ホーリーの日に
3月16日はヒンドゥーの色のお祭り、「ホーリー」でした。
ここの地区では夜0時に巨大な焚き火をし(旧年中にたまった色を清め、新しい色で彩ることを始める、という、リセットのような意味合いがあるそう)、正午から午後3時頃まで人々は「Happy HOLY!」といいながら色粉をお互いにふりかけます。見ず知らずの人に水で溶いた色粉で全身をぐちゃぐちゃにされても文句がいえない恐ろしい一日。どさくさにまぎれて痴漢にあったり、連れ去られたり、喧嘩に巻き込まれたりするので、私は参加したことがありません。
カメラが汚れるのがいやなので、写真も無しです(笑)
この日も喧騒をさけてド僻地にお出かけ。標高2700メートルの山のてっぺんへ。

山のてっぺんにある聖地へやってきました。湖がご神体。
湖に浮かんでいる島は毎日移動しているそうで、意思をもった湖だと言われています。
ここを訪れるのは二度目ですが、プジャリー(神社でいう神主さん)はちゃんと私のことを覚えていてくれました。
僻地にあるこの寺院は素朴ながらもきちんと手が行き届いていて、とても気持ちがいい。
ヒンドゥー寺院によくある電飾ぎらぎらな感じもいいけど、私はヒマラヤの自然信仰とヒンドゥーが結びついた重厚でさわやかな雰囲気が好きです。なんだか気が引き締まります。
田舎のお祭り
3月5日~9日、ファグリー・メーラというここの地方のお祭りがありました。

ヒンドゥーではなく、土着の神様をまつるお祭り。町に太鼓やホーンなど古くからの楽器の音と、女性たちの謡声がひびき、民族衣装で正装した人々が谷じゅうから集まり、パコダやジャレイビーなど昔からの駄菓子の出店があり、活気はあるけど素朴で、お祭り騒ぎというよりは少し厳粛な雰囲気の五日間でした。

花で飾られた寺院。祭ってあるのは女の神様です。
今年のヒマラヤは気候がおかしく、本来なら晴れ続きのこの時期にまるで梅雨のように雨や曇天が続いていたのですが、お祭りのメインになる週末二日だけは見事な快晴でした。
今はまた、毎日雨や雪です。

正装した男の人たちが楽器にあわせて歌いながら踊り、次に女の人たちが今度は楽器なしで歌いながら手をつないで輪になります。

日が暮れてくると老若男女皆で楽器とともに踊ります。盆踊りみたい。

とても良い雰囲気だったけど、家柄によって輪の中に入れる人は決められているようで、外国人の私はもとより地元の人ですら参加せずにただ通りすがりで見ているだけの人がほとんどでした。ここにも差別の影が・・・。
ここで歌われる言葉は古くから伝わっているもので、歌っている人ですら意味は分からないそう。「神様としゃべるための音のならび」になっているそうです。
正装の人たちは皆、水仙の花を身につけていて、踊りなどイベントの終わりに神様にそれを捧げます。
あとは、お告げをもらったり占いのようなことをしたり、お祭りというよりは儀式のような感じでした。参加者は、作法ばかりでわりとしんどいんじゃないかなぁと思いました。やっぱり信仰ってすごい。
最近のこと
なんせ吹雪で山を下りれない、それどころか町まで下りられても停電、電気がきてもネット回線は復旧しない、そんな感じで今までネットができるチャンスが少なかったです。

まだまだ雪は降りますが、少しずつ、春の植物が顔を出してきています。
電気やネット回線もだんだん安定してきました。

食べ物のこと。
おいしいインドカレーを作りたいと思っていろいろ試してきたけれど、最近どんどんレシピがシンプルになりつつある。前はスパイスの調合にこだわっていたけれど、ここの所クミンとターメリックくらいしか使わない。マサラも、唐辛子すらも使わなくなった。大事なのは油の量とニンニクやスパイスの香りの出し方、そして何よりも塩加減!
たまにはパンチのきいたカレーもいいけど、最近のあちゃカレーはやさしくて素材の味が生きている、素朴な薬膳カレーのような感じになってきました。

町で買い込んだ野菜たち。このほかにチャパティ用の小麦やお米、パスタを持ち帰りました。
日本の野菜とあまり変わらないです。最近は里芋の煮付けや、暖炉の中にサツマイモを入れて焼き芋にしたり、わりと日本で食べていたものも作るようになってきています。
日本で仕込んだゴボウのスライスの天日干しが大活躍しています。
ゴボウはこっちでは手に入らないので、持ってきて大正解!
インドの八百屋はすべて量り売りなので、必要な量や大きさを選んで買えるのが非常に助かる。
日本の八百屋も昔はそうだったのになぁ。量り売りの八百屋、復活すればいいのに。

我が家のほうきがほとんど柄だけになってきたので、村のおばあちゃんに新しいほうきを作ってもらいました。まずは麦の束を流水にしっかりさらしてやわらかくしたあと、かるく乾かして器用にまとめてほうきの形にします。これを手早く紡いだ麻紐でしばってまとめ、先端を切りそろえたら完成。
村人は慣れた手つきで、ものの数秒でこれを作ります。

麦の束を水にさらしてます。
材料となる脱穀後の麦は有り余っているので、村人がほうきを作っているときに声をかけると、わりと気前欲分けてもらえます。

夕日。
このあたりの人々は太陽を信仰していて、日の出に太陽にむかって祈ります。
逆に日没にはあまり良い意味が無いらしく、日没を見る習慣がないそうです。
というより、日没時は暗くなるしこれから冷えるから、薪割りだったり帰り道を急いだり、その時間にひたる余裕が無い。
日没にひたれるのは、暖かい場所の人たちの特権なのかも。

村に新しく生まれた子犬がシェパード犬デビューしていました。がんばれ~。

放牧がおわり、羊達をうしろにある小屋に収納中。
シバラトリー
2月27日はヒンドゥーの神様シバの結婚を祝う日「シバラトリー」でした。
去年は家でお祝いをしたけれど、今年はとある聖地にお祈りをささげに行きました。
朝から断食、水も飲まずに片道四時間。目的地は山のてっぺんにある、雷を祭った場所。
ここでは雷がシバの化身と信じられています。
私は毎年ここにお参りにきているのですが、シバラトリーの日に来るのは初めて。
普段は2、3組の巡礼者にしか会わないのですが、シバラトリーともあって、すごい人でした。
結構な道のりですが、たくさんの人が飲まず食わずで、ある人は裸足で(裸足で巡礼するのがフォーマル?なやり方なのです)マントラを唱えながら山を登ります。
決して楽ではないはずなのに、皆はこの日にここに来れたことがとても嬉しそうで、彼らの表情はとても爽やか。
幸せで楽しい気持ちでそこを訪れることが神様への祝福となり、ネガティブな感情はそこを穢すといわれているそう。
空腹や疲れなどの厳しい状態で、神様を喜ばせるために幸せな気持ちでいる。
この人たちが聖なる日のたびに行うこの祈り方は、ある意味健やかに生きていくための精神修行みたいなものだと思いました。
こういうのを見ると、信仰ってすごいなぁと思います。

山のてっぺんに立つ避雷針。ここに落ちる雷がこの場所に力を与えているとか。

ここから、私の住んでいる谷が見下ろせます。向こうに見える山の白い氷河が途切れるあたりが私の村。こうして見ると、本当にヒマラヤのふもとに住んでるんだな。
巡礼者は練り香やお供えのための水仙の花と布、お祈りに使うココナッツや牛乳、皆で分け合うための果物、甘いものなどを持ち寄ります。そこらじゅうココナッツや牛乳の汁だらけ。

帰ってこれたのは夜になってからだったので、町で一泊して、翌朝に町のシバ寺院にもご挨拶。
シバラトリーがおわると、春が始まります。
羊毛でつくる手紡ぎ毛糸

村のおばあちゃんに、手紡ぎの毛糸で靴下を編んでもらいました。
村産羊毛100%の暖かさにびっくり。そして、一足の靴下を作るまでの仕事量にもびっくり。
この靴下に使われている毛糸は、三本の毛糸を一本に縒って作られています。
市販のアクリル製の毛糸と違い、羊毛100%の毛糸はとても切れやすいため、市販のものよりきつく縒ってあり(縒りを強くすることで糸を硬くし、切れにくくする)、そのため弾力が少なく編むのにも時間がかかります。
昔は羊毛のみで編み物をしていたけれど、アクリル製の毛糸が市場に出回ってからは、アクリルの毛糸と羊毛の毛糸の2本を一緒にして編むことが多いそう。
羊毛はすぐ擦り切れてしまうため、長持ちさせるために市販のものをミックスするそうなのですが、羊毛100%の暖かさを知ってしまうと、こればかり履きたくなります。
アクリル毛糸と、ぜんぜん違う。
また村では、紡いだ羊毛を織って生地にし、それを仕立て屋に持っていってジャケットにします。

完成した生地に丸太で重しを入れて、軒の下につるしてまっすぐにしています。

私も村人にならって羊毛を紡いでいるのですが、なかなかうまくいきません。
用途によって太さや縒りの強さが違うのですが、均一な糸をひたすら紡ぎ続けられるようになるまでには、修行あるのみ。
最近、紡いでいる時に指先で羊毛の弾力と密度をなんとなく感じられるようになってきました。
少しずつ、感覚がつかめてきたかな。

村人の仕事量はにはかないません。早くて正確。村人の家にはこのサイズの毛糸がごろごろしています。このひと玉で1枚のポートゥーという織り物(サリーのような民族衣装)ができるそう。

ショール用に紡がれた毛糸。ひとつで、人の頭くらいの大きさ。この2かたまりで1枚のショールができるそうです。
村の羊飼いのほとんどが60歳以上。羊飼い二世(だいたい30代後半~)のほとんどは羊飼いから農業に転職し、転職のための資金として親から譲り受けた羊を売ってしまう。
20歳以上の多くの人が小さいころに親や祖父と羊の放牧をしていた経験があり、20歳以下になると羊と無縁の人がたくさんいる。
あと数十年もすれば、この谷から羊飼いがいなくなってしまうんじゃないかと、切ない気持ちになることがあります。
生まれ変わったらこのお山の羊飼いになりたいんだけど、果たして私が生まれ変わる頃まで羊飼いの文化は残っているのかな。
カーストのこと

母の遺品整理が大変だったという話を村人にしたら、遺品整理をするカーストがいるという話をしてくれました。
そのカーストは、人が亡くなるとその家を訪ね、遺族は故人の服などを彼らに渡すそうです。
彼らは、遺品以外の衣類で生活することが禁じられているそう。
ものすごい世界観・・・。
私はヒンドゥー世界の中にみるカースト思想や男女差別が意識的な貧しさから生まれる発想だと時に彼らを蔑みながらも、同カースト、同性間にある温かく動物的な連帯感や、そこから生まれる文化に惹かれているのだと思います。
ヒンドゥー文化から感じる大きなうねりは、日本で感じる文化や文明、生命の営みのざわめきのようなものを超越した力強いなにかを持っている気がして、そのなにかについて考えるほど、差別のもつ力が大きいことを知り、悔しくなります。
私はあるひとつのカーストに属していますが、その役目を果たしていません。
村人たちはその理由(差別を受け入れたくない)を知りながら、決して私を村から追い出したりしない。
私は私なりの方法で村に根付き、村人は彼らなりの方法で私を必死で理解して、許してくれる。
喧嘩も家出もよくしたけど、結局のところいつも、私は彼らの優しさに包まれているんだよなぁ。
羊毛の洗濯

羊毛を洗っています。
川辺で燃えそうなものを集めて火をおこして、持ってきた鍋に川の水を張ってお湯を沸かして、まずはお湯で羊毛にこびりついた汚れを落としてから川の水で二度洗い。
三日かかって、羊毛第一弾の洗濯完了です。
川の水がとにかく冷たくて手が痛くなっては作業中断。
水道と給湯器と洗濯機のある日本ではとても簡単な作業なのに、ヒマラヤでやるとわりと大変。
去年は家の暖炉でお湯を沸かして庭で洗っていたのですが、いちいち水を運ぶのが大変なので今年は川で洗っていました。
そしたら今度は羊毛を運ぶのが大変。そして水が泣けるほど冷たい。

川原で、村人が洗濯して干していった山羊毛のマットを発見。

かつては羊毛と山羊の毛の両方を生活に取り入れていたらしいのですが、山羊毛の需要がどんどん落ちていって、今では毛用に山羊を飼う人はほとんどいないそう。
山羊のマットも、年々珍しくなってきているようです。

触ってみたらちくちくして、こそばゆかった。